July 1997

July 08, 1997

7/8(日) 人生を変えた出会い

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■題名=ベクター
 団名=ザ・ガジラ
 作・演出=鐘下辰男
 小屋=三軒茶屋:シアタートラム
 観劇= 6月30日昼
 時間= 120分
 公演= 6月23日〜 7月 8日(16ステージ)
 スタッフ:
  舞台美術=白石英輔/美術=島次郎/照明=中川隆一/宣伝美  術=マッチアンドカンパニー/製作=綿貫凛・松井憲太郎

【星取表】
 戯曲:★★★★★ 重厚で臨場感あふれる会話、緊迫した構成。 
 演出:★★★★  舞台を囲む席はよかったが、銃声はどうも。
 役者:★★★★★ 存在感のある熱演。リアルな演技に圧倒。  
 美術:★★★★★ 木枠の舞台は斬新で効果的。照明も絶品。
 音響:★★★★  語りも効果音もよかったが、銃声はどうも。 
 制作:★★★★★ 再演での作者による演出というのがよかった。

【劇評】
 人間の本質をこうも直截に彫刻した芝居も稀だ。昨今は演劇の主題が内向し、ともすれば懐古趣味に陥りがちな芝居が多い中、この作品は戦争を扱いながら、それを単なる過去の歴史としてではなく、戦争という状況を借りた「演劇=人体実験」(鐘下辰男、上演パンフレット)として成立させている。
 戦争という極限状況下での人間の狂気や欲望を暴いた作品は、例えば野間宏や大岡昇平の小説、山本薩夫や黒澤明の映画など、枚挙にいとまがない。今作はその真迫力において、またその洞察力においても、それら先人にも肩を並べ得る仕事だといってもよいだろう。
 鐘下氏の演出を「あらかじめドラマチックな設定」と評した(同パンフ)松本修氏は、人間を孤立した存在として捉えた上で「幻想」であるこの実世界を体験させるという手法をとるが、その対極に位置するのが鐘下演出だろう。つまり、極めて劇的な設定の上で人間の全身表現を強いる演出ということだ。ただ、松本氏の自覚どおり、結局両者は本質的にはさほど変わらないのかもしれない。すなわち、人間の「幻想」(想像力といってもよい)への懐疑と依拠が物語の核心には存在するという点で。
 そのために、松本氏は「最低限の情報として人間の属性を与えて」「世界」という「幻想」の物語を淡々とつむぐ。比して鐘下氏は自分にとって俳優とは「言葉にならない未知の領域を私たち観客の前に体現してくれる連中」だと言い切る。そして氏はこと戦争に関して「『戦争』の媒介者、それは『人間』の存在、そのものである」(同上)と断言する。
 なるほど、今作は極秘任務を負った特殊部隊の編成から壊滅までの物語で、いわば戦争の現場の人間たちの本音のぶつかり合いが主軸である。特務命令を受けた少壮の軍医らと、老練な軍曹以下歴戦の兵士たち(しかも彼らは皆軍法会議送りの連中)の、階級を超えた人間同士の確執がリアルだ。
 最も印象深い場のみ記すが、それは物語の終局、謎の疫病に倒れ負傷した軍曹と、同時に負傷した中国女性を前にして、軍医の一人が選んだ行動だ。激戦地帰りで上官殺害まで犯した粗暴で無教養な軍曹、しかも彼は皆の眼前でまだ息のあった友軍の航空兵を射殺している。それに対して、人体実験の材料として飛行機で輸送中にそのジャングルに置き去りにされ、今まさに「回収」しようとしている貴重な「丸太」(旧軍部による人体実験用の外国人への呼称)。
軍医は躊躇なく軍曹を射殺した。日本の勝利が確約されるというその「細菌兵器」を生かして搬送することが、彼らの任務だったのだ。
 もう一人の軍医に説得されて抵抗をあきらめた中国女性だったが、かつて女子供を標的に銃を乱射した罪で捕まった経歴のある一兵士が、彼女めがけて突如発砲する。彼はうす笑いを浮かべながら「皆狂っている」と叫び、任務遂行の期待、勝利の夢が破れた説得した軍医もまた「皆狂っている」と咆哮し、劇中最大の修羅場となる。
 最後まで生きることの固執した軍曹、任務のために友軍兵をも殺害した軍医、殺人に快楽をすら覚える兵士、姓名を奪われ番号だけで実験材料として「処理」されていく外国人たち。イデオロギーや倫理的な善悪といった観念では決して捉えきれない、これらの人々の存在それ自体が、戦争というものなのだろう。ベクター=病理の媒介者とは、まさに彼ら人間そのものだった訳である。
 木枠を組んだ高床風の舞台は密林を彷彿とさせて効果的だった。また、周囲を囲む無言の兵士の存在も舞台に重圧感を与えていた。いつもながら極度に絞り込まれた照明がよかったし、木枠の周囲に置かれたカンテラの火も雰囲気があった。要所要所での字幕と軍医の語り、音響も適度だった。ピストルの多用が気になったが、題材上やむを得まい。役者は体当たりの熱演だった。皆存在感があった。

hasegawa_takeshi at 23:59|PermalinkComments(14) Clip to Evernote 演劇